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岐阜地方裁判所高山支部 昭和44年(ワ)21号 判決 1972年3月14日

原告

今井徳郎

ほか一名

被告

下呂町

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告ら

「被告は原告両名に対しそれぞれ金四八二万七六五〇円およびこれに対する昭和四一年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の、請求原因事実および抗弁に対する答弁

一  訴外今井宏幸(以下単に宏幸という)は、昭和四一年一一月六日午後七時二〇分ごろ岐阜県益田郡下呂町内の大字田口から同蛇之尾に至る町道をオートバイに乗つて進行して、同町大字田口の細江市造方附近から別紙添付図面の斜線部分(以下本件部分という)に進入し、同部分が輪川にかかる地点で約六米下の川床に転落し、頭部打撲傷から脳内出血を起こし、右事故の約五時間後の同月七日午前零時三〇分ごろ同町森の小池病院において死亡した。

二  本件部分は、下呂町道路の一部、若しくはその道路予定地として国家賠償法上の公の営造物である。右部分は当時既に砕石が敷かれて車の出入りが可能となつていたのである。

三  被告は、右事故の当時代表者町長を管理責任者として、本件部分を町道若しくは町道予定地として管理していた。

四  前記宏幸の事故は、被告の本件部分管理の瑕疵によつて発生したものである。即ち、

イ  被告は、下呂町大字田口から同蛇之尾に通じる町道を改設しようとして、昭和四一年三月ごろまでに右大字田口の細江市造方附近から旧道路を外れて約二〇米の新道を完成し、輪川両岸に橋台まで完成していたが、事業の関係で橋梁工事を中止していたため、田口から蛇之尾に行くためには右細江方附近から左に折れて旧柵橋を行かねばならない状態にあつたから、道路管理者としての被告は、同所を通行する者が稍もすると直進して本件部分に入り易いことを勘案し、本件部分上に通行止の標識を設置して、本件部分の通行を止めるようにするか、或いは海岸の堤防のように本件部分と橋台の間に高低差を付すとかして危険を防止すべきであるのにこの措置を怠り、また仮に一時通行禁止の標識が設置されていたとしても、同所の橋梁工事は数箇月遅延が予定されていたのであるから、右標識は、地面に密着させ、夜間でもその存在を容易に認識し得るようにすべきなのに、こうしたものを用いず、このため本件事故当時右禁止柵がないというような事態を発生させ、さればこそ被告は、本件事故後直ちに危険を防止するため通行禁止柵を本件部分に設置している。

ロ  本件部分管理についての被告の右瑕疵によつて、宏幸は本件部分の輪川にかかる部分に橋梁のないことを知らないまま、町道から外れて本件部分を約二〇米進行し、慌てて急制動をかけたが及ばず、田口寄りの橋台から川床に転落したのである。

五  被告は、本件部分の通行は通常考えられないというが、砕石のみの道というのも田舎ではあり勝ちであり、自然の走行がローラ代りとして道路整備をするというのは珍らしいことではない。また本件部分と在来の道路の間に急勾配があつたというが、勾配は時間の経過とともに鈍化するものだから本件事故当時本件部分の進入箇所に運行を困難ならしめる勾配はなかつた。特に本件現場は、田口側からの下り勾配を経て稍上昇する地形に当り、夜間の前照燈が上に向いて橋台までの見通しを困難にし、加えて対岸のコンクリート橋台を浮き上らせて橋梁の存在を錯覚せしめることや、在来の道路から本件部分が分岐する地点では訴外細江市造方の建物、その前の樹木により見通しを悪くしていること、更に事故時は夜間、小雨で視界を愈々悪くしていたことなどの諸事情を考えるとここを通行する者が本件部分に入り込むことは無理のない状態であつたと謂う外ないから、宏幸のみが例外的現象であつた訳ではない。

六  右事故により、宏幸は、次のとおり合計金七七五万五三〇〇円の損害を蒙つた。

イ  逸失利益 金六六八万七三〇〇円

宏幸は、昭和一九年生まれの当時満二一歳一一箇月の男子で、同三五年中学校を卒えて名古屋市の田内建具合資会社に大工見習として入社し、同四〇年六月に満五年の技術習得期間をへて、下呂町大字門和佐の原告らの許に帰り、以後独立した大工として稼働し、本件事故当時月収金三万七五〇〇円或いは少くとも日給として一五〇〇円を得て一箇月最低二五日は働き得ていたところ、宏幸の職業柄統計上後四二年間は就労が可能である反面生活費として一箇月金一万二五〇〇円を要するものとして、これを差し引いてホフマン係数(年単位単利)による修正を加えると{(1,500×25)-12,500}×12×22,291=6,687,300の数式により、結局金六六八万七三〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。なお統計的配属としては、宏幸の年令二一年一一月も二一年として処理すべきは、統計の性質上当然であり、被告の主張する一箇月の生計費金一万九四九〇円は人口五万以上の都市生活者を対象としたもので宏幸のような山村生活者には妥当しない。

ロ  物損金六万八〇〇〇円

本件事故当時宏幸が乘車していたオートバイは、昭和四一年四月金八万五〇〇〇円で購入されたものであるが、半箇年乗車による価値の下落を見込んでも当時金七万円相当の価値があつたのに、本件事故による破損のため金二〇〇〇円の価値となり、同値で売却されるより外なかつたから右差額金六万八〇〇〇円の損失を蒙つた。

ハ  慰藉料金一〇〇万円

宏幸は、平和な家庭に育ち、五年余りも技能を修得し、将来性豊かであつたのに、本件事故に逢い、一時間余りも現場に放置され、病院に運ばれた後なお意識があつて苦しみ続けたもので、右苦痛を償うに足りる金銭は少くとも一〇〇万円が相当である。

七  前記のとおり宏幸は事故の翌日死亡したので、原告らは、宏幸の父母として宏幸の権利を均分に相続した。

八  原告らは、原告らを扶養すべき立場にあり、然も漸く生業を習得したばかりの未来豊かな長男を失なつたことにより、重大な精神上の苦痛を味わい、この苦痛を癒すに足る金員は、原告のそれぞれについて金一〇〇万円以上と謂うべきである。

九  被告は、本件事故の際宏幸が酒酔運転をしていたから、被告の本件部分管理瑕疵と事故の間に因果関係がなく、若しあるとしても全請求額の八割について過失相殺すると、主張するが、宏幸は昭和四一年七月ごろ肝臓炎を患い、以後清酒は全く口にせず、せいぜいビールをコツプに七分程度しか飲み得ない状態にあつたから同人が本件事故当時酒に酔つていたとは到底考えられない。酒席に同席していた者の供述は、他の酩酊運転者の罪を軽くするための作為として措信し難く、右宏幸の吐瀉物に酒の臭はなかつたのであり、仮に酒を飲んでいたとしても前記のような地形である本件部分にあつては平常人でも同様な危険を伴うから、宏幸の過失の割合は極めて少ないと謂うべきである。

一〇  被告主張の示談成立の事実は否認する。原告らは被告と法律上の責任と関係なく、話し合つたに過ぎず、法律上の示談が成立したことにはならない。

一一  よつて原告らのそれぞれは、いずれも被告に対し、宏幸からの相続分および固有の分を併せた金四八二万七六五〇円(被告から原告のそれぞれに対し見舞金として支払のあつた各五万円差引)およびこれに対する宏幸死亡の翌日である昭和四一年一一月八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の、答弁および抗弁

一  原告の請求原因一の事実は認める。

二  同二、三の本件部分が下呂町道の一部であることは否認し、同町道予定地であつたことは認めるが、本件部分は道路法第二条に謂う一般交通の用に供する道路の予定地であつたに過ぎず、道路と一体としてその効用を全うする施設として当該道路に附属して設けられていたものではない。本件部分の工事が完成して後に同法第一〇条により、旧道路の一部を変更するのであるが、同法第八、第九、第一八条により下呂町議会の議決を経て道路認定の公示をなすことにより始めて道路、即ち町道となるのであつて、事実上の問題としても未だ道路としての使用は不可能であつた。然るところ国家賠償法上の公の営造物とは、行政主体によつて公の目的に供用される有体物ないしは物的設備と謂うべきであり、本件部分は未だ公の目的に供されていないから同法上の公の営造物に当らない。

三  原告の請求原因四の被告の管理上の瑕疵は否認する。そもそも国家賠償法第二条の瑕疵とは、公の営造物を安全良好な状態になすべき作為、不作為義務を課せられている管理者が同義務に反した場合を謂うのであり、仮に瑕疵を客観的に捉えるとしても、瑕疵の存在が賠償の要件であつて無過失責任とは異るということは明らかである。ところで原告らは、被告の右義務を明らかにせず、また瑕疵の具体的内容を、本件部分と、在来の町道の分岐点附近に通行禁止柵を設置しなかつたこと、本件部分と橋台の間に高低差を設けなかつたことと釈明するに至つたが、

イ  被告は、昭和四一年七月四日に橋台が完成したころから、本件部分と町道の分岐点附近に所謂トラ柵を設置し、通常要求される安全性を具備せしめていたところ、偶々本件事故の際訴外の第三者の手によつて人為的に右柵が除去されていたのに過ぎないのであり、こうしたことは不可抗力によるものとして被告の管理瑕疵とは無縁である。

ロ  また被告は、当時町道として管理していた道路の総延粁からして、本件部分に監視員を常駐させたり、専門職員を常時巡回させたりして通行禁止柵の維持を計ることは予算面から事実上不可能であり、被告の土木課員が出張の都度本件現場の異常の有無を確認し、少くとも昭和四一年一〇月二八日までは、右柵の存在を確認しているし、交通量の多い本件現場で本件の事故まで被告に対し危険を申し出られたり、苦情が出されたことは全くなく、また反対の蛇之尾側のトラ柵については本件事故まで設置時と同様の状態にあり、このことは本件の事故近くまで田口側でも右柵が存在していたことを物語るものである。

ハ  右トラ柵が移動可能のものであり、固定式でなかつたことも瑕疵には当らない。本件部分に用いた通行禁止の標識は、重量にして約二〇キログラムあり、通常どこの道路工事現場でも用いられるものと同様であるから、これを非難するのは当らず、特に犯罪行為にでもよらない限り移動されるということはあり得ないものなのである。原告らは本件部分に続く橋梁工事が数箇月遅れることが予測されたから半永久的に固定された柵を用いるべきだと謂うが、被告は、本件部分の道路工事に引続いて橋梁工事を完成せしめる予定でいたところ、地元から橋梁工事の負担金軽減の要望があつたので岐阜県に補助金の交付を申請し、その手続のため一時工事を中断していたもので、当初から予定していたものではない。要するに管理者としては危険を告知することをもつて足り、物理的に進入を阻止する設備(ガードレール様のもの)まで設営する義務はないというべきであり、然も本件の場合右柵が朽廃により効用を失なつたというのではないのである。

ニ  被告がトラ柵に夜間用照明反射装置をつけていなかつたことは事実であるが、本件現場附近は夜間の人通りが少なく、地形上も本件部分に通行人が進入するというのは通常予想されなかつたからであるとともに右柵に照明反射装置がないといつて、右柵に激突することはあつても進入を阻げ得ることに変りはないのである。

ホ  また被告が設置したトラ柵の大きさについても瑕疵はない。本件部分の巾は約五米であり、有効巾員四米であるのに対し、被告の用いたものは巾約二・五米であるから通常のオートバイでも巾約七五糎はあるから、柵が中央にあれば通行は不可能である。

ヘ  被告が本件事故後本件部分により頑丈な柵を設置したことと事前に同様の柵を設置すべきであつたということとは性質を異にする。

四  仮に被告の管理瑕疵があつたとしても宏幸の死亡事故と右瑕疵とは因果関係はない。即ち、原告らは在来道路の分岐点から橋台まで約二〇米というが事実は約三〇米あり、道路としては未完成であつて旧道路とは一見明白な実質的差異があることを感得し得た筈で、然も本件部分は田圃を埋立てた上に地面沈下を考えて約三〇糎の土盛りをし、更にその上に約一〇糎の厚さに砂利を敷きつめていたが、未だ路面は固定せずに浮上つていた上に、旧道路との分岐部分は緩かなところでも約四五度の急勾配があつたから、夜間といえども通常は、車の前照燈によつて右地形を容易に知り得た筈であり、特に宏幸のようなオートバイにあつては忽ちにして停止若しくは徐行を余儀なくされるのが当然なのである。宏幸は、本件部分附近の道路、地形は充分知つていたのに当日飲酒酩酊の上酒の勢を駆つて他の仲間と殆んど面識のない訴外細江好一方の同節子を訪ねることを思い立ち、幾分出発が他人に遅れたことからこれを取戻すべくフルスピードでオートバイを運転し、自らの重なる不注意から本来突入すべきでない本件部分に侵入し然も何ら制動することなく(侵入後直ちに制動すれば多くても約一三米で停車する筈)そのまま真直に輪川に転落したものと謂う外ない。また原告らは本件部分の地形から橋架の存在を錯覚せしめ易いというが、本件部分は原告らのいうように旧道と直線につけられているのでなくて矢張り彎曲しており、この場に至るまでに一たん下り勾配がありそして登ることになるといつても殆んど平坦であり、前照燈の照明が上に向いて前路の視界を悪くするようなことはなく対岸橋台とこちらの橋台の段落の陰影、砂利とコンクリートの差、湿面と乾面の差によつて橋梁の存在を錯覚せしめるというのは不合理である。そうすると、本件事故は宏幸の全面的な過失に起因するもので、被告の本件部分の管理瑕疵に起因するものでない。

五  損害額について

イ  原告ら主張の宏幸の逸失利益額は否認する。もつとも宏幸が男子であつたことは認めるが、同人が日給少くとも金一五〇〇円を得ていたとの点については、同人は、個人営業者であつたから日給が保証されていたものではなく、同人の収入は、同人の税務申告或いは帳簿から算出すべきである。仮に日給を基準として考えるとしても、統計(総理府統計局網第一八回日本統計年鑑昭和二年版)によれば産業別日雇労務者の日給平均は金一一五三円であり、同じく産業別常用労働者の現金給与総額表によれば、日給平均額は金一一四〇円に過ぎないし、更に宏幸は大工専業というより両親の農業手伝を兼ねていたから一箇月に大工業に二五日就労できたというのは失当である、宏幸の平均余命は、死亡時である昭和四一年当時の第七〇回生命表によるべく、その表の適用に当つては、宏幸の死亡時満二一年一一月からすると満二二歳と考えるのが妥当であつて、そうすると平均余命は四六・七一年、就労可能年数は四一年となり、ホフマン係数は二一・九七を用いるべきである。更に、生計費控除についても第一八回日本統計年鑑の年令、階級、現金実収入階級、職業、食事型態および住居の所有関係別の単身者世帯の一箇月家計収支表によると一箇月の平均支出は金一万九四九〇円であるから右金額を基礎として控除するのが正しい。

ロ  宏幸が本件事故の際破損させたと称するオートバイは、購入後約半年を経ており、そうすると通常半額相当の金四万二五〇〇円の価値しかなかつたというのが社会通念である。

ハ  死者の慰藉料請求権は、相続性がないと解すべきであるから宏幸の慰藉料金三〇〇万円を原告らが相続することはなく、また相続性を肯定しても右金額は高きに失する。

ニ  原告ら固有の慰藉料についても、原告らの間には二男二女の子供があることを考えて、金一〇〇万円宛というのは相当でない。

六  原告らと被告の間には、昭和四一年一二月二三日原告らが被告に対して一切の金銭賠償を請求しない旨の示談が成立しているから、本件請求は失当である。即ち、本件事故のころ被告を代表して、当時の下呂町助役訴外矢沢鑑三らが原告ら方に出向き悔みを述べ、原告らは同月二九日訴外今井茂樹らを介して被告に対し、本件事故は宏幸本人の不注意によつて起つた事故で、被告の下呂町に対して迷惑をかけて申訳ないと述べており、被告は、同年一二月二〇日に定例町議会および全員協議会において本件事故について詳細説明し、見舞金額および今後の処置について了解を得た上、同月二三日町議会議長田作稔外二名が原告方に赴いて見舞金一〇万円を贈つたがこの際原告らは、前記宏幸の事故は飲酒運転は間違いであるから訂正を報道関係に申入れること、今後同種の事故を起さないように交通安全対策を講じることなどの申入れがあつた反面、今更金銭を貰つても仕方がないので金銭賠償の請求は一切しないことを約したので、以後被告は原告らの右の申出を誠意をもつて実行している。

八  以上の諸点について被告の主張が認められないとしても、本件事故について宏幸の過失は否定できず、前記の諸事情から判断して同人の過失割合は八割に相当すると謂うべきであり、原告らの請求額の各八割は過失相殺によつて理由がない。

九  以上の理由から原告らの本訴請求は失当として棄却されるべきである。

第四証拠〔略〕

理由

一  原告らの請求原因一の本件事故およびこれにより宏幸が死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  被告は、本件部分は被告が管理する町道には当らないと主張する。〔証拠略〕によれば、被告は、昭和四〇年ごろに下呂町内の大字田口から同蛇之尾に通じる幅員約四米の町道について、同町道が同町大字田口一〇九四番地の一の訴外細江市造方の東で一たん大きく北側に彎曲し、輪川上の棚橋をへて後再び南に彎曲する形であつたのを、右細江方東から分岐し輪川を越えて旧町道に合する形に改修しようとし、同四〇年度から二箇年計画で完成を期し、同年一一月ごろから訴外上原土建株式会社がこれを請負つて着工し、先ず輪川上の新橋の橋台部分を作り、引き続き右橋台に至る取付道路として本件部分および蛇之尾側の取付道路の建設に着手し、予算年度の関係で公簿上は右橋台および取付道路は昭和四一年三月末に完工しているようにはなつているが、現実には同年六月末日ごろまでに元田園であつた本件部分を埋め立て、更にその上に砂利バラスを入れ、本件部分の北側のり面の工事を残してすべて道路としての工事を終り、輪川上の新橋梁の建設のみは幾分遅れるということなので同年七月四日に被告に対し右橋台および取付道路の検査を受けた後引渡していることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると本件部分は輪川上の新橋梁が完成しない限り、ここを通行して蛇之尾方面に至ることはできず、本来的な意味での交通の用に供されることは不可能であり、然も道路法上の道路変更の公示手続も未了であつたという意味で、厳格には下呂町道とはなつていなかつたと謂う外ないが、前記認定のように本件部分についてのみ見れば、道路としての体裁を整え、路面に関して更に附加する工事はなく、こうしたものとして被告が査取しているから、橋台に至る本件部分に関する限りは現実の道路として完成していたものと見ることができ、国家賠償法第二条の解釈としては、本件部分も被告の管理する道路に含まれると解するのが相当である。蓋し同条所定の道路とは、厳格な意味で公用を開始し現に公用に供しているものに止まらないで、一時的に通行を禁止して道路の用を停止しているもの、或いは本件のように近い将来に必然的に道路となることが予定されているものであつても、既に客観的に道路としての体裁を整え、管理主体が引渡しを受けて占有している限り、これに含まれるとしないと道路としての設備の管理責任に空白を生じることにならざるを得ず、道路法第九一条が道路予定地についてその管理面について道路の規定を準用しているのもこの趣旨に出るというべきである。

三  そこで以下本件部分の管理上の瑕疵の有無について判断する。

イ  本件部分の地形的特質

本件現場の検証結果、〔証拠略〕によれば、本件部分が分岐する町道は当時は、幅員約四米の未舗装の道路であり、古くから一般の交通の用に供せられ、道路の両側には轢痕が残り、本件部分の西方から稍下り勾配を呈しているが、坂という程のものでなく、別紙図面のとおり田口の方から来た場合訴外細江市造方を過ぎたあたりで大きく北に彎曲し、旧棚橋に至つていたこと、本件部分は、右町道から分岐して新しい橋台に至るものであるが、最大幅員は六・八五米で、橋台までの距離は最少の北側で約一二米、中央部で約一五米、南側で約四〇米であり、地形的な在来の道路との関係を見るに、矢張り北側に彎曲する形にはなつているが、その程度は改修前のそれに比べて著しく小さく、昭和四一年六月ごろ本件部分上の埋立を終え、上面に稍大きい砂利バラスが約一〇糎の厚さに入れられ当初の本件部分の路面は旧町道面より約三〇糎程高かつたがその後引続いて行なわれた右細江方前の溝の整備工事によつて工事車輛が本件部分の別紙図面A点以西の部分に駐車したことなどにより本件部分と旧町道とが接する線のうち、最北側、即ち別紙図面dの点に近いところあたりは依然なお相当な勾配をなしていたが、南側、即ちA点とあ点を結ぶあたりは、昭和四一年一一月初めまでの時日の経過による砂利の散逸と相俟つて車の進入を著しく困難ならしめる程の勾配はなかつたこと、本件部分上の砂利バラスは、未だ一般の通行がなかつたために昭和四一年一一月始めごろでも未だ路面に固床せず、特にこの現象は別紙図面A点附近以東において顕著であつて、車輛が進入する時は車輪がめり込む状態にあつたこと、が各認められる。

ロ  被告の本件部分管理の態様

次に〔証拠略〕によると、本件部分および橋台工事は前記上原土建がこれを請負い、先ず橋台から始めて取付道路である本件部分を他岸の取付道路と同時に完成し、本来引続き橋梁工事に着手するべきところ、橋梁工事金についての地元負担を軽減するために、岐阜県に工事補助金の増額を求めることとなつたため、橋梁工事に取りかかるのを見合わせて、一先ず昭和四一年七月四日に被告の係員の検査を終えて被告に引き渡したところ、右引き渡しを受けた。被告の当時の土木課長であつた訴外奈良村芳金は、右上原土建の代表者である訴外田口芳男に、本件部分の旧町道から入つたあたりに通行止の標識を設定することを指示し、右上原土建は、直ちに自社所有の幅二・五米、高さ一米、重さ約二〇キログラムの黄と黒の縞模様の横板が二枚あつて可動性ある所謂トラ柵を本件部分の別紙図面A点附近に道路と直角に、即ち進入を防ぐに最も効果的な形に置き、これにより一般の通行人が本件部分を東行しないように注意を喚起しておいたこと、被告は人口一万六〇〇〇人程度の公共団体でその機関としての土木課にはせいぜい一〇名足らずの職員しか居らなかつた関係で、本件部分に常駐員をおくことは勿論、毎日程度の道路状況監視員を巡回せしめることもなかつたが、右引き渡しから同年一〇月二八日までの間凡そ一〇日程の間隔を置いて土木課員が他に出張したりして、本件部分を通過する毎にその都度本件部分の状況を確認していたが、特に危険を感じさせる状況を発見していず、また直接一般人から被告の代表者或いは土木課その他関係の機関に本件部分の危険性を指摘したものもなかつたこと、事実、本件部分に置かれたトラ柵は、同年七月中旬に岐阜県知事が本件現場を視察(橋梁工事の補助金増額を岐阜県に申請するため)した時に当初の場所にあつたし、更に同年一〇年一三日に委員長会が同町の上原竹原地区の現地視察を行なつた際前記奈良村が随行して本件部分に右柵のあつたことを確認し、次いで同月二四日ごろに交通安全協会が年中行事の一環として自動車パレードを実施した時反対の蛇之尾側の取付道路とともに本件部分上の右トラ柵が当初の設置場所附近に有効に存在し、かつその上に別紙図面A点附近に丸太棒が横に倒して通行を妨げる形となつていたこと、が認められる。証人細江梅夫の証言によれば右パレードの際本件部分上のトラ柵が道路と並行になつていて、その危険を警官日比野文雄に指摘したというが、前記証人日比野文雄の証言に照らし、また、交通安全協金の行事としてパレードを行ない、然も本件部分について注意を払つていたとすると、若しトラ柵の位置が不適当な箇所にあれば、これを正す処置に出ることは容易でありかつ当然なすべきであるのにそうした挙に出ていないことは、トラ柵および通行障害物の存在が本件部分への進入を妨げる効果を有していたと見るのが自然であることから右細江梅夫の証言は俄かに措信し難く、〔証拠略〕中、右トラ柵は、昭和四一年八月ごろからなかつたとの部分も、前掲その余の証拠、特に乙第八号証(細江文彦の供述調書)に、照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ハ  右認定の諸事実に照らして判断するに、そもそも営造物たる道路に国家賠償法上の瑕疵があるとは、当該道路の客観的事情に照らして法令上の義務のみでなく、通行者の安全を計り、不測の損害を避けるために通常必要とせられる措置を欠く場合と解すべきところ、本件について見れば、本件部分は、道路とは謂え、輪川上の新橋梁の完敗なくしては通行の用を足さず、その意味で一般の通行に適しない状態にあつたのであるから、通行を前提とした完全性を要求すべきものでなくて、この場合は橋梁工事が完成するまで本件部分を通行せしめないための相当の措置が、本件の具体的事情に即して、執られていたかどうかが瑕疵の存否にかかるものと謂うべきである。よつて按ずるに前記イ、において認定のとおり本件部分は町道のカーブ点から分岐する部分に当り、その彎曲度、道の広さから、人情の常として少しでもカーブが少く、然も新規であつて、道幅において従前のものより広い本件部分に進入し易いというのも考えられないことではなく、その意味から本件部分へ進入することが危険であることを知らせてこれを止める措置は最低限本件部分の管理者に課せられたものと謂うべく、然もそれは危険の存続する限り継続していなければ無意味という外ない。然しながら橋梁工事がやがて再開することが予想され、その場合には本件部分に多くの工事関係者が出入することになるのであるから、物理的に進入を阻む設備までは講じる必要はなく、通常人の注意力をもつてすれば、進入すべきでないことを容易に認識し得る方法さえ執られてあれば、これをもつて足ると謂わねばならない。ところで本件について見るに、被告は工事業者から本件部分の引き渡しを受けて占有を開始すると同時に、所謂トラ柵を本件部分の中央部(別紙図面A点附近)に進入を妨げるような角度に設置しており、然もそれが多少移動することは予想し得たとしても、もともと管理者のなすべきは、危険の存在および進入禁止の告知でもつて足りるのであり、多少の移動はその標識性において変動を来たさず然もトラ柵のような交通制限柵の除去は、直ちに交通の安全を害するものとして道路法ないしは刑法の犯罪を構成するから、柵の移動ないしは除去の禁止は刑事法的に担保されていると考えられるから、被告が固定的でない前記のトラ柵をもつて通行禁止の標識としたことに欠けるものがあるとは謂い難く、右交通禁止柵の規模も一般的により大きな危険を伴う既成の道路工事の際にさえ用いられていることと対比して容認すべきものと考える。そうして本件部分は町道を出口側から接近した場合地形上見透しが困難でなく少くとも五〇米手前から右トラ柵設置の場所を見つけることができるから夜間と謂えども特に照明反射装置をつけなくとも前照燈により右柵を発見し得るから本件部分を橋台近くまで行くことは考え難い。然も本件部分は未だ手続上道路として公示されておらず、新たに設けられた所であるから未だこの部分を通行の用に供した人はいないし、その意味で慣習的に本件部分を通行することはあり得ないし本件部分の工事および橋台工事は、昭和四〇年一一月ごろから翌年の七月初旬までの六箇月以上附近住民の目前で展開されその工事の進行程度は、町道変更についての要望および橋梁工事の地元負担金軽減申請中ということから、少くとも田口或いは蛇之尾部落民等の附近住民にとつては関心が深く、橋梁工事未着手の事実は明らかであつた筈であり、更に前記のとおり、本件部分は、本件事故の当時未だ路面バラスは固床せず、特に別紙図面のA点附近以東の地域は、進入車両の車輪がめり込み、相当な高速度でない限り進行が困難であつて、本件部分が新規工事地域であることは比較的容易に判明した筈であり、然も前示のとおり刑事法的に除去禁止が担保されているというこうした諸事情に加え、被告は人口約一万五〇〇〇人程度の公共団体であつて、町役場の土木行政機関の構成員数からすると、被告の土木議員が約一〇日間位の間隔で交代で本件現場を視察し、異常の有無を確認していたことは、右交通禁止欄の維持の処置として社会通念上相当の方法を執つていたものと認めざるを得ない。たまたま本件事故の際は、右トラ柵が効用を果していなかつたが為に宏幸が本件事故に車を乗り入れたと謂う外ないが、同年一〇月二四日、同月二八日には右トラ柵が有効に存続し、従つて本件部分の引渡後本件事故の約一〇日前まではその保存に欠くるところがなく、より短期間の巡回がなされていれば或いは、本件部分は防止し得たとしても、反面それでもトラ柵が除去された直後の事故までは防止し得ないことを考えると、被告がなして来た前記程度の巡回監視回数を非難するのは、道路の管理主体である被告に余りに酷を強いると謂わざるを得ない。固より極めて特異なケースを想定しても事故発生の防止のための諸施策をとることは、一般人命尊重の立場から好ましいし、さればこそ事故後、被告が本件事故に鑑みて本件部分内に乙第一〇号証にあるような固定柵を設置したことは妥当であり、更に一般の世論の要求に従い、予算支出という形で将来の交通安全策を撤底することは望ましいが、これらは被告の立法、行政姿勢の問題であつて過去の本件部分の管理方法の瑕疵とは自ら別異の問題である。

四  以上のとおりで宏幸の本件事故が訴外の第三者による犯罪行為に起因するか、或いは宏幸自体の自損行為によるものかは俄かに速断し難いけれども、ただ被告の本件部分管理の瑕疵によるものと認めることは困難である。そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松島和成)

見取図

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